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芦屋に行く

今朝の一冊376
梅田卓夫『中高年のための文章読本』(ちくま文庫)
今朝の一冊376

自分史をまとめたいという知り合いがいるので一度話をと、昨日(12月1日)、兵庫県芦屋市に行った。
初めて訪れたが、うわさに聞く通り美しい家並みとベンツやアウディ、BMWなど高級外国車の多いまちという印象。こぢんまりとした静かないいところだった。
自分史の相談のあった女性は、岡山市内の生まれだが、長じてはずっと関西圏で暮らしてきたという。近くに住む娘さんの協力もあり、少しづつ話を伺いながらまとめていきましょうということになった。

本書はタイトル通りの文章読本。
「自分にしかかけないことを」「だれにもわかるように書く」ことを強調する。
これに習えば、「あなたにしか語れないことを聞かせてもらって」「だれにもわかるように書く」というになるのだろう。
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鶴見俊輔『もうろく帖』後編

今朝の一冊374

鶴見俊輔『もうろく帖』後編(編集シューレ)
今朝の一冊374


県立図書館で偶然見つけた。
文庫本サイズの上製本というのは珍しいが、著者のメモ帳のような雰囲気を醸し出している(実際はどんなメモ帳だったかはわからないが)。
書かれているのは年月日と数行のメモ。短歌であったり、読んだ本からの抜き書きであったり、思いついたことだったり。前後になんの解説もないけれど、著者の頭の中や精神が映し出されている。

2001年11月8日「歩いても 歩いても まだ先がある」
2005年5月23日「自分で考える そのとき 人は引用文に負けない」

こんな言葉を残していける大人になりたい。

古文書の世界へ

新刊『玄々斎随筆-墨匠・松井元泰の遺書-』(竹林榮一編)。
昨日ラジオで本書を紹介するにあたり、読んでみたが(担当が違うのでゲラをちょっと見た程度だった)、すごい本だということを改めて認識しました。

A4サイズ、上製本、102ページの、とても上品な本です。
タイトルの「玄々斎随筆」という筆で書かれた文字、書道をしている方でないと読めません。
サブタイトルは「――墨匠・松井元泰の遺書-」とあります。
江戸時代の墨職人、習字に使うあの墨、墨を作る職人さんが残した文章です。
中をみてみると、筆で書かれた玄々斉さんの文書の写真です。
あまりに美しい文字過ぎて、読めません。
ですから、古文書に強い著者の竹林榮一さんと古文書を楽しむ会のメンバーのみなさんが翻刻してくださった文章「読み下し文」が、その下に書かれています。
つまり原文の古文書は読めなくても、大丈夫です。

で、どういう内容かというと、江戸時代の半ば、日本の墨づくりを飛躍的に発展させた墨職人というのが、この人・松井元泰(まつい・げんたい)という人で「玄々斉(げんげんさい)というのは号、1689年~1743年に生きた人です。
現在も続いている奈良墨の老舗・古梅園の6代目当主だった人です。
当時では生産が廃れて、中国製に頼っていた「松煙墨(しょうえんぼく)の復興や、わが国では初めてとされる墨の図録『古梅園墨譜』の編者として知られた方だそうです。

この随筆は、もと岡山県立博物館の副館長だった竹林榮一さんが、インターネットのオークションで見つけて入手。
竹林さんが代表を務める「古文書を楽しむ会」おメンバー10人と解読に取り組んだというわけです。

内容は、98ページ、780行にわたって、子孫への戒めや墨の歴史、墨づくりの歩みなどが書かれています。
例えば、松煙墨の復興では、熊野の樹齢千年の松を燃やし、煤を取り、膠を精選し、墨を作り、それば古梅園発展の基礎となったとか、中国の高い技術を学ぶために、長崎へ出向いて中国人から教えを乞うたとかのエピソードが。

なかでも、将軍吉宗に献上されて江戸で死んだベトナムの象の皮が、死後1カ月もたたない打ちに古梅園に渡され、それを膠として墨をつくり「香象墨」として幕府に献上されたという。
しかし、その元泰は、その墨の完成をみることなく死去したという。


古文書を読めると、こんなドラチックな話を読めるんですね。
ちなみに本書の帯には、あの磯田道史氏が手書きの筆文字で「これほど興奮する一次資料はない」という一文を寄せています。

これだけでも価値があるかも。
古文書なんて……を思う人も、ぜひ手に取って、その世界を垣間見てはいかがでしょうか?

玄々斉随筆

今朝の一冊 365日

昨年11月から毎朝、棚から一冊の本を取り出し、写真を撮影し、簡単な文章を添えてFacebookにアップします。タイトルは「今朝の一冊」。
約200文字から300文字。時間にして15分から20分。
出たばかりの例えば『すいません、ほぼ日の経営』とか箕輪厚介『死ぬこと以外かすり傷』などは、発行日の日付と同じタイミングで紹介しています。
小学校時代に読んだケストナーや後藤竜二なども取り上げました。
雑誌や図書館で借りた本の場合もあります。
本の紹介だけでなく、その本を手にしたきっかけやその本にまつわる私事を書くこともあります。
で、この22日で丸一年。。一日も休まず書き続けています。
何度かやめようかなとも思ったのですが、
紹介した本を「読んでみます」と書き込みがあったり、「私も大好きな作家です」などというコメントも。
時には「この著者は最近ヘイト本を書いているよ」を忠告されたこともあります。
学生時代の友人や若い仕事仲間、一冊の本を介していろんな人と交流できます。
と同時に、自分の書棚にある本一冊一冊が自分自身なのだなと、つくづく感じます。
あるときから「今朝の一冊」を書きながら、「これは本という名の自分史、自伝なんだ」と思うようになりました。
いつごろ、何を読み、何に感動したのか。
新聞記者時代に影響を受けたノンフィクションの名作、高校時代にチャレンジした古典、長編。
大学時代の社会科学やサブカルチャー。
出版をはじめた頃に読みあさった先人たちの苦労話。
一人前の人間に育ててくれるもののひとつ、それが本ではないかと思うのです。
私たちは、その一冊を産み、それを届けることで営みとしている仲間です。

発明家 磯崎眠亀 錦莞筵を彩る文様デザイン

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錦莞筵は、なぜ海外で受けいられたのか。
その文様に焦点を当て、「ものづくり」における意匠・デザインの力を探る。

3月の新刊
発明家 磯崎眠亀 錦莞筵を彩る文様デザイン

明治初期、備後備中(現在の岡山県南部)の藺草、藺草製品の製造の衰退を見て、茶屋町の事業家・磯崎眠亀は高品質で雅な茣蓙(ござ)「錦莞莚(きんかんえん)」を織ることのできる織機を開発しました。しかし、豪華な錦莞莚は、国内では売れませんでした。
ところが、神戸の濱田篤三郎氏が海外での販売を始めたことから飛ぶように売れはじめ、貿易額の上位を占める製品となり、地域の藺草製品の隆盛を取り戻すことに成功したのです。錦莞筵はなぜ受けいれられたのか、その文様に焦点を当て、「ものづくり」における意匠・デザインの力を探ったのが本書です。

本書では、図版に描かれている文様を個々に調べ、それらの背景についてまとめています。そして、文様を12種類に大別し、4冊の錦莞莚の文様集に描かれている文様を全て分類しました。この分析結果から、磯崎眠亀は、明治初期に多くの文様を見るように努力したことがうかがえます。
磯崎眠亀の生家は、小倉織りをしており、小倉織りに文様を織り込む織機を開発しました。
また、錦莞莚のための文様を開発し、登録するために技師を置いていることが書かれていることからも、文様には重点を置いていたことがわかります。
特に海外への輸出品としての錦莞莚の特徴は、多様な文様であることと高い品質を保証することで、顧客の満足を得ていました。
この考え方は、現在でも「ものづくり」の基本概念であり、もし現在磯崎眠亀が製品開発と販売をしても、成功していると考えられます。
また、藺草の販売価格は低いが、製品として錦莞莚にすると高い価格で売れる、即ち付加価値を付けることから、藺草の生産、更に製品にする製造工程を備後備中の地域で行なうことで、地域経済への貢献は大きなものであったと、著者は考えます。

■書名:発明家 磯崎眠亀 錦莞筵を彩る文様デザイン
■著者:大﨑絋一(工学博士、岡山商科大学副学長)
■発行:吉備人出版
■仕様:B5判 並製本カバー付き オールカラー
■頁数:154頁
■定価:本体2750円+税
■ISBN:ISBN978-4-86069-524-8 C0060
■発行:2018年3月26日
プロフィール

kibitopub

Author:kibitopub
山川隆之
編集者、吉備人出版代表。1955年岡山市生まれ(旧姓・長井)。岡山市立操南小学校—倉敷市立大高小学校から、倉敷市立南中学校・県立天城高校・三重大学農学部卒業。伊勢新聞記者、備北民報、生活情報紙「リビングおかやま」編集長を経て95年に株式会社吉備人を設立。『絵本のあるくらし』『おかやまの建築家』『のれん越しに笑顔がのぞく』『粘着の技術−カモ井加工紙の87年』『強く、やさしく、面白く』などの編集を担当し、吉備人出版としてこれまでに23年間で約630点を出版。日本出版学会会員、デジタルアーカイブ学会会員、岡山ペンクラブ会員。2012年に福武教育文化賞奨励賞、2013年に岡山市文化奨励賞(学術部門)を受賞。RSKラジオ「ごごラジviviっと!」ゲストパーソナリティー。著書に『岡山人じゃが』(共著)など。

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