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ファンだった岡康道氏の訃報


夏の日差しがまぶしくなる前に海渡と散歩。最近は歩く距離もずいぶん短くなってきたが、今朝は旭川の土手を南にくだって、相生橋を渡り、岡山城の東手の外周から石山公園、出石を抜けて鶴見橋を渡るロングコース。時間にして1時間15分。
シャワーを浴びて、新聞をじっくりと読み、スマートフォンを眺めていると、岡康道氏の訃報が目に入った。元電通マンで独立してTUGBOATというクリエイティブ・エージェンシーを設立して、NTTドコモやキャノン、大和ハウスなど数々のヒットコマーシャルを生み出した。
残念ながら会ったことも話したこともないが、ほぼ同世代(岡氏は1956生まれ)ということもあって、ずっと気になっていた。彼の著作はほとんど手元に持っているし、TUGBOATの仕事をまとめた『TUGBOAT1999,07〜2002,05』や『TUGBOAT10years LOGBOOK』もある。
その存在を知ったのは、2002年11月2日付けの朝日新聞別刷りの「be」に掲載された「フロントランナー」という人物欄。長身のスーツ姿が実にかっこよかった。その瞬間、40代後半のおっさんが、同世代の男にキュンとなってしまったのだ。
かなり複雑で貧しい少年時代、それでも大学卒業後、電通でCM制作に携わり、仲間4人と独立して、日本で初めてといわれるクリエイティブ・エージェンシーをつくり、CM制作のまさに先陣を切っていた。やっていることが、かっこよすぎる。その後、新聞や雑誌などで、その姿を見るたびに切り抜き、本が出れば買い求めた。ミーハーなファンである。
それなのに、63歳の若さで亡くなるとは。ちょっとショックだ。

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答えのない問題を考え続ける

3月29日
雨上がりの朝、ゆっくりと散歩。
湿り気を帯びた桜がきれいだ。

午前中、近所のコインランドリーで毛布やシーツを洗い、乾かす。
この季節、花粉が怖くて外へは干せない。

昼は、おにぎりと卵焼きを携えて、すぐ近くの旭川の河川敷へ。
こんなときだからいつものようにとはかないが、多くの人が桜を眺めに来ていた。
後楽園側の駐車場もほぼ満車状態。
感染を気にしつつ、季節を楽しんでいるのだろう。

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この週末、ずっと考えているのは、これからどう生きていけばいいのだろうか、ということ。こうしたウイルス感染は常に気にしながらのことになるだろうし、社会のあり方も大きく変わってくるだろう。
仕事ひとつとっても、在宅ワークなど非現実的なことと思っていたが、これからは当たり前のようになるだろう。

吉備人はこの春25周年。40歳になる年の春にはじめたので、ぼくも9月には65歳になる。このままあと5年も、10年もとはいかない。
加えて、自然災害や環境破壊、そしてウイルスの恐怖。

解けない問題を考え続ける日々は当分続きそうだ。

本を出したい、その思いに寄り添う

9時半出社。事務所の掃除。
月末には棚卸しが控えているので、棚を少し整理する。
昼前にロイヤルホテルへ。
岡山ペンクラブの例会。
昼食を食べながら、今年の活動や図版使用の許諾について話す。

午後から出版相談を受けている医師の経営する医院へ。
検査結果からしか病気を判断できない医師を、どう患者を診る医師に育てていくのか、そんな問題意識を本にしたいという希望。
今年一年かけてまとめていくことに。

事務所に戻り、写真集の原稿整理、私家版のカバー表紙デザインのチェック、3月刊行のエッセイ集の校正などなど。
あっという間に午後8時。

晩ご飯を食べに成田家田町へ。カウンターへねじ込んでもらい、座ったと思ったら、玄関が開いて知った顔。
お付き合いの長い財団のNさんご夫妻。
偶然隣の席が空いて、犬の話やらお酒の話で、お酒が進む。

今夜の成田家田町は男性サラリーマンの比率が高く、最近は女性客が多かったのだが、この店に来始めた30年以上前にもどったような、おじさんたちの聖地と化していた。

立花隆『アメリカジャーナリズム報告』

今朝の一冊
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立花隆『アメリカジャーナリズム報告』
1984年刊行の文春文庫、古い本である。
あのロッキード事件を追った田中角栄研究で注目を集め、当時、何を書いても話題になったノンフィクション作家による、アメリカのジャーナリズムリポート。
「大統領の陰謀」ウオーターゲート事件のB・ウッドワードにインタビューしているところが目玉。
もうすぐスピルバーグ監督の「ペンタゴンペーパーズ」というワシントンポストの、国家権力との対峙をテーマにした映画が公開されるそうだが、楽しみだ。
ぼくとしては、アメリカの地方紙が小さな地域の企業やお店の広告により成り立っていることで、より資本からの独立性が保たれている、つまり一社の都合が悪いからと言って、そんな広告主からの圧力がかかりにくいという、そのことに新鮮な驚きがあった。

緑内障と眼鏡


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年に一度の健康診断を受けた。
この年齢だから、いろいろチェックは入るが、ここ数年、胃カメラもエコーも概ね切り抜けてきている。
今年もこれで大丈夫かなと思っていたら、思わぬところに落とし穴があった。
視力の低下だ。
眼鏡をかけても車の運転に必要な0・7が見えるか見えないか。検査をする人が、少しこまったように「これではどうですか?」といろいろ試してくれるのだが、見えたり見えなかったり。

ちゃんと見えない自覚症状もあったので、健康診断のあったその週末、眼鏡店に行って眼鏡をつくり直そうとしたところ、
その眼鏡店のオーナーから「度数を上げても視力が上がらない。一度眼下で診てもらっては。ひょっとすると白内障かも」と言われた。
週明けの月曜日、自宅すぐ近くの眼下で診断してもらったところ、「緑内障の初期ですね」とのこと。薬をもらって、進行を止めることになった。
白内障は手術を伴うので、それはそれでちょっと怖いが、緑内障は下手をすると視力をなくしてしまう。年齢が年齢だからそういう症状が出て来ても不思議ではないが、ショックはショックだ。
しかももらった緑内障の目薬は、目薬を入れて5分後には洗い流さなければならない。これがけっこう面倒。
眼下での診断結果をもって、先の眼鏡店に行き処方箋を見せる。眼鏡店のそのオーナーが眼科での診断を進めてくれたことに感謝し、今の状態に合った眼鏡をつくった。ちょっとまるっこいメタルの国産フレーム。レンズはNikonの遠中距離。
今日出来上がったその眼鏡を受け取りに奉還町の岡山眼鏡店へ行く。
かけてみるが、今まで使っていたものとそんなに変わった感じがしないように設定してくれっていた。
半日もかけていると、なじんできた。しかも遠くはよく見える。
今宵十六夜の月もくっきりと、きれいだ。
眼鏡を替えるだけで、なんだか別人になった気分。こうやってパソコンに向かっていても、特にストレスもない。
いずれにしても、視力の異常を見つけてくれた岡山眼鏡店の猪原さんには感謝だ。
プロフィール

kibitopub

Author:kibitopub
山川隆之
編集者、吉備人出版代表。1955年岡山市生まれ(旧姓・長井)。岡山市立操南小学校—倉敷市立大高小学校から、倉敷市立南中学校・県立天城高校・三重大学農学部卒業。伊勢新聞記者、備北民報、生活情報紙「リビングおかやま」編集長を経て95年に株式会社吉備人を設立。『絵本のあるくらし』『おかやまの建築家』『のれん越しに笑顔がのぞく』『粘着の技術−カモ井加工紙の87年』『強く、やさしく、面白く』などの編集を担当し、吉備人出版としてこれまでに24年間で約680点を出版。日本出版学会会員、デジタルアーカイブ学会会員、岡山ペンクラブ会員。2012年に福武教育文化賞奨励賞、2013年に岡山市文化奨励賞(学術部門)を受賞。RSKラジオ「ごごラジviviっと!」ゲストパーソナリティー。著書に『岡山人じゃが』(共著)など。

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