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友達の死


先週はいろいろあり、長い1週間だった。

14日(水)の午後から瀬戸の保育園で90周年記念誌の打ち合わせがあり、
3時半過ぎにその保育園を出たところで携帯に着信があることに気がついた。
発信人は小学校からの友人のK。倉敷で開業医をしている。
Kからの電話は、同窓会のことか、同じく小学校時代からの友人で、
今でも3人で飯を食べたりするTのことだ。
Tは10年ほど前に健康診断で見つかったガンに苦しめられ、
この間、大手術をしたり、放射線治療を受けたりしながら、頑張ってきていた。

数日前にかかってきたKからの電話は、本当はこの正月に開く予定だった同窓会を1年延ばそうという相談だったが、この日の電話はTの病気のことだった。

「1カ月前から入院していて、今度はあまり調子がよくないみたい。
昨日も様子を見に行ったのだが、一度顔を見せにいかないか」という。
夏になったばかりの時だったか電話があり、少しよくなって仕事にも出ていると話していたので、少し安心していたのだが…。
Kが電話してくるのはよほどのことだし、翌日の15日の昼に病院に見舞うことにした。

病室には奥さんと長男、長女が看病していた。
状態はよくなかった。
声を掛けたが、わかっていたのかどうなのか。
苦しいから薬を使う、薬を使うと反応は弱くなる…。

30分ほどして失礼した。
Kは今日、明日がヤマだという。
「ヤマを越えることができたら…」と尋ねると、「越えられないヤマだ」という。

病院を出て、地元の同級生がやっている中国料理の店へ昼ご飯を食べに行った。
無理を言って2階にテーブルを取ってもらい、食事をしたのだがた、終わりかけにKの携帯に電話が入った。
Tの主治医からで「Tが亡くなった」という連絡だった。
僕らが病室を出て、30分ほど後だった。

何とか間に合った。
僕はKに感謝した。

56歳という若さ、大学を卒業して入った建設コンサルタントを上場するまでに、
現場で先頭を走ってきたバイタリティ。
その会社の副社長に抜擢され、たぶんまだ2年だ。
なんともやりきれない。

17日に自宅近くで告別式があった。
棺に生花を供えながら、最後の貌を見ていたら涙が止まらなかった。

仕事で告別式に来られなかったKに、無事告別式が終わったことを伝えた。
「つらいなあ。でも、おれたちのなかにはTはいつまでも生きている」
Kの電話の声に少し救われたような気がした。

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プロフィール

kibitopub

Author:kibitopub
山川隆之
編集者、吉備人出版代表。1955年岡山市生まれ(旧姓・長井)。岡山市立操南小学校—倉敷市立大高小学校から、倉敷市立南中学校・県立天城高校・三重大学農学部卒業。伊勢新聞記者、備北民報、生活情報紙「リビングおかやま」編集長を経て95年に株式会社吉備人を設立。『絵本のあるくらし』『おかやまの建築家』『のれん越しに笑顔がのぞく』『粘着の技術−カモ井加工紙の87年』『強く、やさしく、面白く』などの編集を担当し、吉備人出版としてこれまでに23年間で約630点を出版。日本出版学会会員、デジタルアーカイブ学会会員、岡山ペンクラブ会員。2012年に福武教育文化賞奨励賞、2013年に岡山市文化奨励賞(学術部門)を受賞。RSKラジオ「ごごラジviviっと!」ゲストパーソナリティー。著書に『岡山人じゃが』(共著)など。

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