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竹本健司先生の思い出

160609竹本訃報

先月5月23日付けの山陽新聞社会面の訃報欄に竹本健司さんの記事が掲載されていた。
その日の記事は見落としていて、数日後、一緒に仕事をしているフリーライターのSさんから知らされ、びっくりしてしまった。
竹本健司さんは、現代俳句協会理事、岡山県現代俳句協会会長などをつとめ、98年には山陽新聞賞(文化功労)を受賞された
と、新聞に書かれていた。
竹本先生とは、今から30年ほど前、新見市の備北民報の出版部にいたころ、小さな講演会を企画し、その講師として来ていた
だいたのが最初の出会いだった。ちょうど同紙に「ほんにのうや」という方言を題材にしたコラムを連載していて、講演では、方言、特に奥備中の言葉をとてもおもしろく(おなかを抱えて笑い転げるくらい)紹介してくださったことをおぼえている。

そういえば、先生の著書に句集『奥備中』(手帖舎)がある。
奥備中とは、当時の新見市や阿哲郡4町のように、備中地域でも中国山地の山間深く入った地域を示す言葉だと想像するのだ
が、岡山から初めてこの地で生活を始めた新参者のぼくは、初めて目にしたこの「奥備中」というこの三文字に魅入られてしまった。
その地域を示す新見や阿哲郡(合併によって今ではこの言葉もなくなってしまったが)という言葉より、「奥備中」のほうが、はるかにカッコ良く感じたのだ。
そのころ、備北民報のできたばかりの出版部で、地域の人たちの自分史をシリーズで出そうという企画を立て、そのシリーズ名を「奥備中自分史シリーズ」にしようと思ったのだが、却下され「新見阿哲自分史シリーズ」になり、少々悔しい思いをした記憶がある。

吉備人出版をスタートして、しばらくたってから新見の二鶴堂印刷の大西社長から、『竹本健司の俳句俳想』(1998年)というエッセー集を出さないかと相談を受け、岡山駅西口の喫茶店で南米グアテマラから帰って間もない竹本先生と3人で会ったことがある。
ゲラを読みながら、「文章の上手い方だなあ」と改めて思った。わかりやすく、それでいて品格のある文章に言葉に対する向き合い方の違いを思い知った。
それから15年ほど経過し、2012年の秋に、書きためた文章をエッセー集をまとめたいのでと電話をもらった。いくつかの会報
誌などで書かれたものをまとめたその原稿は、『竹本健司の俳想ノート』として翌年(2013年)の年明けに出版した。
現代俳句のことはよくわからないが、わからない人間にもやさしく、身辺の出来事を交えながらユーモラスに俳句の魅力を伝えてくれる原稿だった。
その時、岡山市内のご自宅へおじゃましたが、お会いしたのはその時が最後だったことになる。

地域の大切な著者を、また一人失ってしまった。
先生のご冥福を心からお祈りします。
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プロフィール

kibitopub

Author:kibitopub
山川隆之
編集者、吉備人出版代表。1955年岡山市生まれ(旧姓・長井)。岡山市立操南小学校—倉敷市立大高小学校から、倉敷市立南中学校・県立天城高校・三重大学農学部卒業。伊勢新聞記者、備北民報、生活情報紙「リビングおかやま」編集長を経て95年に株式会社吉備人を設立。『絵本のあるくらし』『おかやまの建築家』『のれん越しに笑顔がのぞく』『粘着の技術−カモ井加工紙の87年』『強く、やさしく、面白く』などの編集を担当し、吉備人出版としてこれまでに23年間で約630点を出版。日本出版学会会員、デジタルアーカイブ学会会員、岡山ペンクラブ会員。2012年に福武教育文化賞奨励賞、2013年に岡山市文化奨励賞(学術部門)を受賞。RSKラジオ「ごごラジviviっと!」ゲストパーソナリティー。著書に『岡山人じゃが』(共著)など。

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