『荘直温伝』刊行秘話

昨日は毎日新聞に、そして今日(6月14日)は山陽新聞に『荘直温伝』(荘芳枝/松原隆一郎)が取り上げられた。
毎日新聞は、「今週の本棚」という書評欄。評者は作家の池澤夏樹さんだった。山陽新聞は、太田隆之東京支社長と高梁支局小林貴之記者の連名だった。記事では、著者の松原先生、荘芳枝さんにも取材してくれ、東京ー高梁の取材ネットワークを駆使し、丁寧な取材をしてくれていた。
本書は、地方のある人物の評伝を描く作業を通して、地域や日本という国が抱えてきた課題のようなものを浮き彫りにしてきた作品。副題には「忘却の町高梁と松山庄家の九百年」とある。
放送大学教授で社会経済学・経済思想史が専門の学者・松原隆一郎氏が、なぜ縁もゆかりもなかった高梁の人物の評伝に取り組むことになったのか。その理由のひとつに、高梁市の前身となる松山村長と高梁町長を歴任した人物に関する記録があまりにずさんであったことがある。
本書は、吉備人出版の刊行ではあるが、当社へ話が持ち込まれたのは、原稿、編集作業は90%がた終えていて、さてどこから出版するのがいいのかというなかで、吉備人に持ち込まれたという経緯がある。
本書の出版を企画した著者の一人である荘芳枝さんの遠縁に当たる栗野哲郎氏と著者の松原氏が来られて話を伺った時、高梁のまちを痛烈に批判したこの副題が気になり、正直受けたくはなかった。「忘却の町」と断罪された高梁の人たちは決していい気はしないだろう。
しかも、編集的な作業はほとんど終えており、A5判2段組400頁近い本書の中味に口を挟むだけの力も時間も持ち合わせていなかったので、発売と流通ならと、手伝うことになった。つまり、内容については吉備人出版としては、少し距離をおいたかたちにしたのだ。
そんないきさつのある『荘直温伝』ではあるが、著者の松原氏、そして編集面でサポートされた苦楽堂・石井伸介氏の魂のこもった仕事にただただ圧倒される思いだ。ある一族の900年にわたる歴史を、古文書や資料、インタビューなどを手がかりに、一枚一枚薄皮をはぐように手がかりをさぐり、それをコツコツと積み上げていく一連の経過を、追走できる。歴史探索の妙味にあふれている。
序文で荘芳枝さんが「先生のご熱意と探究心責任感によって個人史から町史へ、町史から県史へ、県史から日本史の一部にまで幅広い歴史本になった事に対し、心から感動と感謝の念でいっぱいです」と書いている。まさにその通りで、本書の刊行にあたり末席に吉備人出版の名前を連ねることができたことを、発案者の栗野哲郎氏と松原隆一郎氏に感謝しなければならない。